小出遥子さんの「全知全能になる必要はなく、わたしはこれができるけど、それはできないから、できる人にお任せします、と軽やかにお願いできれば問題解消」というツイートを読んで、少し楽になった気がする。

苦しくて苦しくて何にこんなに執着しているのかと考えていたが、このツイートを読んで、完璧にこなせていない自分、ちゃんとできない自分に歯がゆさを感じていたんじゃないだろうかと思えた。

きっとこんなことが望まれている、だから、自分がやりたいかどうかは二の次にして、望まれているであろうことをやろう、いやでもやろう、一歩でもいいからやろう。それが自分を苦しめていたのかな。

あと、怖いのもあるでしょう。ジョインできなければ、必要とされていることを読み取ってジョインできなければ外れる、省かれる、だから、自分は二の次で、やりたいか、いやなのか、考えないで仕事する、それが苦しみに繋がっているんじゃないだろうか。

十分に、ジョインできている部分はあるのだし、そんなきにすることもないと言える。それに、もし省かれて、クビになっても、当面は食っていくだけの蓄えもあるし、副業の実績もあり、収入が途切れない工夫を作っている。

もっと自分を愛してあげようよ。

自分がやりたいことやろう。無理そうなものは無理ですと、誰か新しい人を雇ってやってもらおうと伝えよう。開発側によりジョインして、スキルアップしよう。それでいいではないか。

やっとここまでこれた。社の共通理解としてここまでもってくることができた。はじめからこうしていたかったよね。だから、すごく良い流れですよこれは。幸せに導かれていると言える。

眠れないのでまた書く。

今日も太東。波はなかなか乗れないとつまらなくなってきてしまうものだけど、

そんな簡単には乗れないもんだろう。まだ復帰して20回ちょっとくらいだ。

焦ってどうするのだ。ゆっくりやればいいじゃないか。

それにしたって、今日の数少ないライディング、今までよりリラックスして立てたの感じれたよね。今までガチガチだったけど、だんだん力を抜く余裕をもててきている。いいじゃん。

なんでも嫌な方向に目を向けるのはやめたい。

茅ヶ崎より、長くゆったり乗れる太東は素晴らしいと思う。

不動産屋にアポとって2軒内見した。1つは格安の平屋で、1つは海が見える2DKのアパート。どちらも魅力はあったが、ピンとくる感じがなかったのでやめた。

また違う物件を探そうと思う。

ギターと歌をやりたいので、平屋や戸建がよいのだ。そして、できれば開けている場所が良い。さらに、狭さは東京で十分堪能しているので、バカみたいに広い部屋が良い。広さを持っていなければ、誰かを受け入れることもできないのではないかと思う。根拠はないけど。これから結婚する相手を見つけるとして、受け入れられる広さを前もって確保しておけば、心持ちが違うと思う。

海近でサーファー仕様であってもワンルームでは、物事を自分のキャパでしか考えられないと思う。あえて広い部屋に住む。そして受け入れる余白を作っておく。としたい。

パートナーをいすみで見つけられないだろうか。見つけたい。

新しい物を受け入れる余白を用意しないとだと思っている。音楽とのふれあいも見直したい。伴さんが書いていたように、真摯な姿勢で望むことにチャレンジしたい。

お金かかるなら、お金を稼ぐ手段を強化する。複業活動にエネルギーを注ぐ。そして、いすみでの農的な活動への参加、そのほかコミュニティへの参加を通じて、自分の人生を開いていきたい。開いていく。としたい。

だからお金ぶっこんでしまおうよ。使えば入ってくる。使わなければ入ってこない。循環する仕組みを作る。入ってくるということは、新しい出会い、体験、感情、が入ってくるということ。新陳代謝を促す。としたい。お金溜め込んでいてもしょうがないですよ。

先週、モーショングラフィックスの製作で徹夜した。徹夜なんていつ依頼かもわからない。徹夜明けの金曜日は通常勤務だったが、前もって自宅作業としておいた。ほぼ1日使い物にならなかった。酩酊している感じ。もったいない。発注元に踊らせれた感じで、これは意味ない。スケジュール、工数、はっきりと、自分が思う予想よりずっと大きく幅をとって、無理な物は無理、そう意思を伝えていかないと、せっかくの複業活動がバランス取れなくなる。継続していくことが大事。小さくても継続。でしょ。という学びになった。よかったよね。

千葉の農的体験に、少しずつ申し込み始めている。人とのふれあいの場を作っていく。

後悔することに価値はないから、後悔することはない、でオkじゃん??

いつだって、そのときできるベストな判断で生きているって前提にたてば、オKじゃない??

 ちやほやされたい、承認されたい、めんどくさいことは何もやりたくない、勝手に楽な状況が入ってきてほしい、、、そういうことで頭が埋め尽くされていた時期があったことについては、人間だったら、そういう時期があっても別におかしくないんじゃない?でよくない?

物が飽和した環境で、庇護されて生きてきたら、そういう感覚になることがあっても、何も不思議じゃないんじゃない??

なにもかも、ただ自然な流れでそうなった、それだけ、でおけじゃん?

なかなか寝付けない。

いま2時30分だ。

仕事から帰宅してから2時間ほど寝たが、23時くらいに起きてそのまま眠れない。

今年の初めにもらっていた動画制作の話がやっと具体化して仕事になった。

金曜までに1次提出なので余裕はないが、これで5万。

先月からクラウドワークスでウェブデザインの仕事をくれるお客さんからも、新規の話をもらっていて、これが18000円くらい。

カツカツではあるが、やりきれると思う。

先週面接のあった毎月定量型のクラウドワークス経由のコーディングの仕事、結果がもうすぐ出るはずだ。通れば安定して毎月の収入がプラスになるが、ダメでも別の収入口を探せば良いだけだし、それは見つかると思う。だから、不安はない。

早くいすみに引っ越したい。自然を感じる生活をしたい。自然を感じる生活の中で出会う人たちと触れ合いたい。いまの都会の生活のサイクルは卒業する。

「小商い」で自由にくらす (房総いすみのDIYな働き方)を読んだ。房総の自然の中で生計を立てて暮らしていけること、とても羨ましい。みな、自立している。自分の人生にOKだしている。僕もそうでありたい。

いすみはサーフィンだけじゃない。何かエネルギーが溢れている場所なんじゃないかと感じている。自分と調和する何かがあるんじゃないかと。簡単には手に入らないだろうし、覚悟もいる。行動力もいる。その価値はあると感じている。

あの本のように、物を作って自活するなんて無理かもしれないが、応援することはできる。平日は都内で仕事して、週末はいすみで暮らすというのは、自分に合っている気がしている。自然の豊かさにエネルギーをもらって、人とのつながりを持ちたい。そういう生活をしてみたい。

焦らず、下手くそでも小さな一歩を進んでいこう。

なんでこんなに不安や緊張を感じているんだろうかと海の上で考えていた。

衣食住に困らない、仕事もある、副業ももらえている、こうしてサーフィンにもこれる、十分充実しいてるのに、なぜか不安と緊張がいつもある。

今ここリアルワールドを楽しめば良いのに、こころはいつも未来の不安か、過去の後悔か、人との比較でグシャグシャだ。

社会は社会、自分は自分。そう生きようよ。

もっと、良い時間を、自分が元気になる時間を作る。お金かけよう。なんのための稼ぎなんだ。なんのための人生だ。人生に目的も意味もないのかもしれないが、いつか死ぬのだから、だったらなおさら、社会がよしとする?生き方?なんだよそれ、正解があるのか?数え切れないほどの生き方。もう自分が生活していたい環境で生活しようよ。お金もある程度かけられる余裕がある。なぜ消耗するだけの生活をし続けなければいけないの。なんで会社の人たちの顔色を伺わなくてはいけないの。関係ないですよ。彼ら、僕の人生の幸せの保証してくれるわけでもなんでもないよ。もう、ちゃんと自分が生きたい生き方をしようよ。承認されたい、賞賛されたい、チヤホヤされたい、そういうん全部すてればおk。全然なくておk。うっとおおしい。

小さな演奏会があって4曲引き語りし、2曲ゲストでギターを弾いた。

いつものことだが、演奏する前は憂鬱だった。

今日は演奏か、なんにも練習してないな、準備めんどうだな、また緊張するんだろうし、こんなん続けるのは不毛だ。もうこれっきりにしよう。もうこれで終わりにしますと告げよう!と考えて現場に入る。いつもそうだ。

だが、ひとしきり演奏が終わると、心地よいやり切った感につつまれていて、楽しく共演者、お客さんと話している自分に気づくのだ。帰宅してからも、高揚した気分に包まれながら新しい曲を練習したりしてる笑 これの繰り返し。もうやらない!結果、楽しんでいる。。この繰り返し。

そんな大切なものであるなら、そのまんま楽しめば良いだけではなかろうか。

なぜ、憂鬱感がうまれるのか、ここは探検する価値あり。と感じた日。